東北学院中学校・高等学校

建学の精神

東北学院建学の精神

「東北学院の三校祖の押川方義、W.E.ホーイ、D.B.シュネーダーは、東北学院の建学の精神を宗教改革の「福音主義キリスト教」の信仰に基づく「個人の尊厳の重視と人格の完成」の教育にあるとした。

その教育は、聖書の示す神に対する畏敬の念とイエス・キリストにならう隣人への愛の精神を培い、文化の進展と福祉に貢献する人材の育成を目指すものである。」

東北学院教育の基本方針

「東北学院は創立以来、本法人に所属する各教育機関において一般の教育・研究活動と共に福音主義キリスト教に基づく宗教教育を一貫して行ってきた。

今後ともそれぞれの教育機関は、正規の学校行事としての礼拝と正課必修としてのキリスト教教育を不変のこととして実施していくものとする。」

制定:平成18(2006)年7月21日


「東北学院建学の精神」の文章にいう「宗教改革の『福音主義キリスト教』」とは、いわゆるプロテスタント、新教のことです。ただし、プロテスタントには、特定の国家や特定の人物、概念の名前を待った教派をふくめ沢山の教派があります。本学としては、プロテスタントの中で、特定の教派主義でなく、広い意味で正統的なプロテスタントを表すものとして上記の文章を使っています。すなわち、本学のキリスト教は、ローマ・カトリック教会、ギリシャ正教会ではありません。また、プロテスタント教会の多くがそうであるように、特定の教派名をもったキリスト教ではありません。

次に、「個人の尊厳、人格の完成」についてです。東北学院創設数年後、創設者の一人押川方義は、本学の教育目的と題して、「独立の人物(の養成)、人物それ自身の完全な発達」と語っております。これは、今日の言葉でいえば、「個々の人間の尊厳と人格の完成」ということができましょう。この教育目的は、18世紀以降、近代世界が自由なデモクラシー社会の形成のための基礎的前提、またその根底にあるべき人間観、教育観としてきたものです。我が国が太平洋戦争の降伏の条件として、人間の尊厳に基づく基本的人権の尊重を承認した理由や背景も、この歴史の流れの中ではじめて理解されます。そして、日本国憲法と教育基本法の中に、我が国の国家形成と国のすべての教育の目的として、「人間の尊厳、人格の形成、基本的人権の尊重」を掲げるにいたったのです。そのように考えると、本学の建学の精神、教育理念は、我が国においては、まさに国の教育基本法に先立って、教育の目的を示し多価多元の自由なデモクラシー社会と国家の根底にあるべき人間形成の目標を明らかにしたということができます。

「建学の精神」の後半は、上記の教育目的は本学の、建学の精神と具体的にどのように関わるかを述べたものです。「聖書の示す神に対する畏敬の念」というのは、旧約聖書の言葉、「エホバを畏るるは知識の本なり」(新共同訳「主を畏れることは知恵の初め」)に由来しています。主を畏れるとは、神を信じることです。知恵の初めというのは、教育の基本、目的ということです。それゆえ本学の礼拝は、この目的のためになされているのです。「イエス・キリストにならう隣人愛云々」は、聖書が最も大切な数えとして記しているものです。そしてその教えは今日までキリスト教が歴史を貫いて人間形成において果たしてきた意義と密接に関わっているということができます。